雨が降る。
それは、自然の変化で欠かせない現象。
どこかの有名か無名かもわからない頭の良い人は、『雨降って地固まる』と呟いたらしい。でも、雨が降ってしまえば地面の土など流されてしまって、固まるかどうかなんて呑気なことを考えるような状態ではないだろう。あの言葉を世界に残していったその誰かさんは、よほどの妄想癖でもあったのか……なんて、何百年も前の人に思いを馳せるなんて意味がない。
今夜も、雨。
朝の予報は一日晴れていると言っていたはずが、私が寮に替えるとすぐ振り出してしまった。今日は間一髪で抜けられたけれど、そろそろ梅雨の時期が近づいていて、天気予報に頼り切るのもよくない気がする。しばらくの間は折りたたみ傘を忍ばせてでもおこうか、でも今日は布団に潜り込んでしまったし、それは明日の朝起きたときでいいやと、数時間後の私に投げやる。
今日の私は、ひどく疲れているみたいだ。
朝のランニングからレッスン室が閉まるまで、羽を休めず飛び続けたのだから、人間という枠組みに存在している以上は至極当たり前のことである。
疲労がたまった日の夜は、なぜか無性にどうでもいいことがちらつく。
現代文の授業で読んだ、日本とヨーロッパの噴水の話。日本人は流れている水が好きで、噴水みたいに別の形にするのが好きじゃないって、うっすらと覚えている。小さなころ、美鈴と一緒に遊びに行った噴水を見たときのワクワク感を覚えたんだということは少しだけ心の奥底に残っていて、噴水が嫌いなんじゃなくて単純に作るのに向いていなかっただけの話で終わるんじゃないか。でも、あのときの私は昼食をとったばかりで少し眠たくて、もしかしたら先生の解説を聞き逃してしまっているのかもしれない。
そういえば、あの授業が始まる前、教室に広が来ていた。扉の前で咲季を呼んでいて、出入り口を塞いでしまっているからと「どいて」なんて言った記憶がある。咲季は最初、広の呼びかけを無視していたけれど、結局あの二人はちゃんと話すことができたんだろうか。というか、そもそもあの二人が仲良くしている姿があんまり想像できない。あのストイックな咲季とは真逆な広が仲良くできるなら、私だって。
「手毬は、わたしのことが好き。友達だと思ってくれてる。」
「……どうしてそう思うの?」 こんなに私は、広に冷たく接してしまっているのに。 「本当にわたしのことが嫌いなら、手毬から話しかけてなんて来ない。今もこうして、わたしと会話してくれる。だから、手毬はわたしのことが好き。違う、の?」 論理立てられた、わかりやすい説明だ。でも、違和感がある。 「……ちょっと待って。その説明だと、私が広を嫌いじゃないって言えるかもしれないけど……。わ、私があんたのことを好きには、ならないんじゃない?」 私の反論に、広は笑みを浮かべていた。 「ふふ、ばれちゃった。手毬は鋭い、ね。」 「これくらい、当然でしょ。」 そう、当然だ。私は3年もアイドルの世界で生きてきた。言葉巧みに懐柔する大人も何人かいて、そのたびに燐羽と美鈴が守ってくれた。その姿を見てきた私なら、苦手でもこれくらいは気づけるようになる。 「でも、手毬はこうしてわたしの話に付き合ってくれてる。やっぱり、手毬はわたしのことが好き。」 ベッドで横になりながら、広は自信満々に言うけれど。いったいどこからその自信が湧いてくるのか理解できないし、どこまで本気で思っているのか分からない。 変に返事をしたら余計な勘違いを生みそうだから、私はもう黙ることにして。少し暑くてよけた布団を、首元まで引っ張り上げた。